巨木に守られる高天彦神社
鶯宿梅・高天蜘蛛塚
むかし、千本の足をもつ大きな土蜘蛛が
すんでいた。時の天皇はお悩みであった
ので、勅使がきて、字サルサから矢を射
て殺した。矢の落ちたところを矢の段とい
う。土蜘蛛を高天彦神社の傍に埋め、蜘
蛛塚といった。蜘蛛のいた窟は神社の前
の並木の東にある。
また同じく参道の傍には鶯宿梅がある。
むかし、高天寺の小僧が若死したので、
その師は嘆いていた。すると梅の木に鶯
が来て、「初春のあいた毎には来れども、
あはでぞかへるもとのすみか」と鳴いた。
それからこの梅を鶯宿梅と云う。
鶯宿梅と高天蜘蛛塚
高天彦神社(たかまひこじんじゃ)
[延喜式]に、大和 葛上郡17座の1
で高天彦(たかまひこ)神社とある。
名神大社に列せられ、月次 相嘗
新嘗の祭りがある。祭神は高見産
霊尊(たかみむすびのみこと)別名
を高天彦神。現在は、市杵島姫
菅原道真を併祀している。
神体は、社殿の後方にそびえる
白雲峯(694メートル)である。別名
を高天山という。
高見産霊尊は[天孫降臨]に深く
かかわった高天原の神であるため
に、この地に今も高天原伝説が伝
承されている。歴史学者のあいだで
も日本民族の高天原の思想は、こ
の地に育まれたという説がある。
現在の社殿は、三間社の神明造り。
明治10年の建築である。
コスモスの群生する野原越しに見る
高天彦神社
船宿寺(せんしゅくじ)
奈良県御所市五百家(ゆうか)484
Tel 0745-66-0036
今から千二百有余年前の神亀年間に
行基菩薩がこの地にこられて庵を建て
薬師瑠璃光如来をまつったのがはじま
りとされている。寺に伝わる古い記録
では、葛城の地にこられた行基菩薩の
夢の中に老人が現れて「これより東の
方へ行くと、山の中に船形の大きな岩
があるから、その岩の上に薬師如来を
おまつりするように。」と告げられた。
夢から醒めた行基菩薩は、東の山の
中に岩を見つけ、そこに御仏をまつり、
船宿寺と名付けたとされている。
現在その岩場には巌舟権現がまつら
れている。また四季を通して様々な
花が咲き誇る寺としても有名である。
行者祈りの滝
水越峠旧道
葛城山と金剛山の間を、御所市から
千早赤阪村に抜ける旧道の脇にある
ひとすじの滝。葛城山で行をした行者
たちや、峠を越える旅人が祈った滝。
吉祥草寺(きっしょうそうじ)
奈良県御所市茅原279
TEL 0745-62-3472
この地で生まれた役の行者(えんのぎょうじ
ゃ)は額に小角があった、そのことから役の
小角(えんのおづぬ)とよばれる。三宝を信じ
毎夜五色の雲を呼び寄せ天外に飛び出て
大勢の仙客と共に遠く霊地に遊んだ。孔雀
明王の呪法を修業して、思うままに魂を使っ
ていた。遂に葛城山から金峰山へ大きな長
い橋をかけ渡そうと計画し、近くの神々にそ
の援助を命じた。葛城の一言主神は容貌が
醜かったので、夜の役だけつとめたため橋
を渡すことは出来なかった。小角は怒って
一言主神を呪縛した。一言主神は恨みを
持ち、藤原の宮の天皇に告げ口した。文
武天皇は直ちに勅を下して使いを遣って小
角を捕らえさせた。小角は験力をもって空
にのぼって飛び去り、容易に捕らえさせな
いので、その母を捕らえた。小角はやむを
えず、母を救うために姿を現し神妙に捕ら
えられ伊豆の大島に遠流された。海上を
走ること陸を行くようで、昼は島にいても夜
は富士に登り修業し、一日でも早く大和
に帰れるよう三年の間毎夜お祈りした。
大宝元年の正月に許されて大和に帰った
が、その後は仙人となって天に昇って大
陸に渡った。その後、道昭法師が勅命を
うけて、大唐に法を求めた時、新羅の山中
で500人の集まりに法華経を講じていると
その席に日本語の上手な人がいて、名を
聞くと役の優婆塞だと答えた。さては名高
い役行者だと驚いて高座を下りその人を
探すと、何処かへ去って姿はなかったとい
う話が「日本霊異記」にでている。
毎年1月15日に吉祥草寺行われる「大
とんど」は勇壮かつ厳粛である。
葛城一言主神社
(かつらぎひとことぬしじんじゃ)
奈良県御所市大字森脇432
TEL 0745-66-0178
一言主大神は天皇と同じ姿で 葛城山に顕
現され、雄略天皇はそれが大神であることを
知り大御刀・弓矢・百菅どもの衣服を奉献し
たと伝えられている。「古事記」が伝えるとこ
ろによると、一言主大神は自ら「吾は悪事も
一言、善事も一言、言離(ことさか)の神、葛
城の一言主の大神なり」と、その神としての
神力を示している。そのためか、この神様を
「一言(いちごん)さんという親愛の情を込め
た呼び方で呼び、一言の願いであれば何ご
とでも叶えてくれる神様として、里びとはもち
ろん、全国から信仰を集めている。
鴨都波神社(かもつばじんじゃ)
近鉄御所駅から南へ700メートル
奈良県御所市514
TEL 0745-62-2176
鴨族の分派が弥生中期に、大和平野の西
南端まで降りて水稲農耕を始めた。その時
葛城川の岸辺に祭ったのが始まりである。
祭神は事代主神(ことしろぬし)である。
正式には鴨都味波八重事代主命という。
味波は水辺、八重はしばしばの意の美称、
事は折目すなわち祭り、代は田の意で、
「鴨の水辺で折り目ごとに祭られる田の神」
の意である。上記の高鴨神社にたいして
下鴨社とも呼ばれる。毎年稲刈りの時期
10月10日前後に大祭が行われ、御所市
内を御輿や山車が1日かけて練り歩く。
高鴨神社(たかがもじんじゃ)
奈良県御所市大字鴨神
TEL 0745−66−0609
この地は大和の名門の豪族である鴨の一族
の発祥の地であり高鴨神社は、その鴨族が
守護神として斎まつった日本最古の社の一つ
である。本殿にはアジスキタカヒコネ神を主神
とし、その前にシタテルヒメ神の二神が配され
室町時代、天文十二年に造営された。
国道24号線の風の森(この地名から当蔵の
吟醸の名前をいただいている。)峠から、棚田
のつづく坂を登ると右手にこんもりとした森が
みえる。鳥居をくぐると、左手に氷室池があっ
て、四季それぞれの趣をもった金剛の峰を映
している。

神話の里 御所市
日本神話には葛城の神々が大きな影響を与えている。
それは最初の国史を選録した蘇我馬子が、葛城山麓
に発祥した葛城王朝の後裔であったからかもしれない。